Jul. 2020

海底油田を守る川崎重工のAUV

海底油田の開発が増加するにつれ、パイプラインの海中・海底での保守・点検の効率化が大きな課題になってきた。
川崎重工は、保守・点検用の「自律制御型無人潜水機(AUV=Autonomous Underwater Vehicle)」を世界に先駆けて開発。世界のエネルギー供給を海底で見守る新技術は、2021年にも市場投入される。

  • 岡矢 紀幸
    船舶海洋カンパニー
    神戸造船工場 AUV事業推進部
    開発・設計課 課長
  • 益田 興佑
    船舶海洋カンパニー
    神戸造船工場 AUV事業推進部
    開発・設計課 主事

400mを超える深海でも自律して
油田設備を保守・点検する

世界の1次エネルギーは現在、30%を石油、20%を天然ガスに依存している。国際エネルギー機関(IEA)は、今後も石油の需要は底堅く、2040年にかけても1次エネルギーの3割は石油が担うと予測している。

しかし、油田の場所には変化の兆しが出始めている。海底油田で、より深い場所での採掘量が増えているのである。IEAによれば、現在、海底油田の生産量は日量2,700万バレルで、世界の原油生産量の3割を占める。また海底油田全体の確認埋蔵量は2,600億バレルで世界全体の15%を占めるが、陸上や浅海の油田の採掘量の減少に伴い、水深400m以上の深海における生産量が増加していくと予測されているのだ。

『櫓(やぐら)を建てて大海原に起立しているプラットフォーム』。 多くの人の海底油田のイメージは、プラットフォームから掘削ドリルを差し込んで原油を汲み上げているというものだろう。しかし実際は(方式の違いはあるが)、蛸が頭だけを海上に出し、足の吸盤を海底に貼り付けているような姿に近い。

海底に散在する井戸で汲み上げられた原油は、海中や海底のパイプラインによってプラットフォームに送られる。しかしパイプは、海水の影響で腐食したり、海底に埋没したり、逆に海底が削られることで宙づりになってしまうこともある。保守・点検は、海底油田を維持するのに不可欠な作業だが、浅い海であれば潜水士が行えるものの、彼らが潜れる限界は水深300mで、作業にも危険が伴う。そこで開発されたのが、無人潜水機(ロボット)だ。

現在のメンテナンス用無人潜水機は、海上の船とケーブルで繋がる「遠隔操作型無人潜水機(ROV)」が主流だ。ROVは、船からエネルギーを供給しながらリアルタイムで操作できる反面、高度な技を持つ専任の操作員が不可欠で、しかも母船を常にROVの近くで航行させなければならず行動範囲が制限され、結果的に運用コストが高くなるという課題があった。

ROVに代わって「海底油田の守り役」として期待が高まっているのが、「自律制御型無人潜水機(AUV)」である。その名の通りケーブルレスで、深海でも自律的に仕事をし、母船による行動制限を受けない。しかしAUVは、エネルギーが有限で、複雑な作業を自律的に行う制御技術を確立しなければならないなどの課題があった。この壁を打ち破り、AUVによる海底油田のメンテナンス作業の実用化に新たな道を切り開いたのが川崎重工だ。

2020年6月、兵庫県淡路島沖でロボットアームを装備したAUVによる海底パイプライン検査の実証試験にも成功。いよいよ商用化が目の前に迫りつつある。

川崎重工のYouTubeアカウント「Kawasaki Group Channel」では、AUVの仕組みをわかりやすく解説しています。ぜひご覧ください。
海底油田には複数の「井戸」があり、井戸の口は「クリスマスツリー」と呼ばれる装置で開閉や圧力が制御される(木の枝に飾りが付いているように見えるので、この名が付いたという)。汲み出された原油は海底部分を這うパイプ「フローライン」で集約装置である「マニフォールド」に送られ、さらにプラットフォームには「ライザー」というパイプで送られる。英インフィールド・システムズによれば、2020年末でのパイプライン需要は約22万km。この10年間で1.6倍にもなっている。

最大深度3,000m
1回の潜水で20km超の
海底パイプラインを検査

川崎重工が21年に市場投入を予定している商用型AUVは、長さ4m、幅1.2m、高さ0.9mで、先端が丸く尖った流線形をしている。海に潜ると最速4kt(ノット=1ktは時速1.852km)で航行する。センサーでパイプラインの位置を特定し、ロボットアームをパイプに接触させる。アームの先には検査用のセンサーが取り付けられており、パイプの様々なデータを集めることができる。

一度の充電で8時間ほど潜れ、1.5ktのスピードで検査作業を行う。つまり1回で約20km超のパイプを検査できる。作業を終えると、母船から吊るされている「ドッキングステーション」に結合し、充電を始めると同時に、収集した検査データを母船に送る。充電は4時間で終わり、再び海底での作業を繰り返す。母船とケーブルを繋げて操作する「ROV」に比べると、それぞれの行動に制限されることなく柔軟な活動ができるメリットは大きい。

大海原に起立するプラットフォーム。その下に複数の井戸が散在する。

AUVは既に、欧米企業によって海底を探査する「巡航型」のものが開発されているが、海底油田のパイプラインの保守・点検では全く異なる特性が求められる。潜ってパイプに近づき、自動で追尾しながら、じっくりと検査データを収集する能力だ。これには、(1)深海の高い圧力に耐えうる本体、(2)エネルギーの供給方法、(3)自律航行できる制御方法、(4)保守・管理用データの正確な収集、などが大きな技術課題になってくる。

川崎重工の商用型AUVは、最も深い所で水深3,000mでの活動を想定している。この深さの水圧は30MPa、つまり1m×1mの面積に3,000tの荷重がかかる。この課題には、川崎重工が関わってきた潜水船の技術が応用され、耐水圧、耐腐食を考慮した部品が使用されている。

作業員の安全確保も実現した世界初の
「ドッキングステーション」

エネルギーの供給には、世界で初めて「ドッキングステーション方式」を開発した。岡矢紀幸開発・設計課課長は、「AUVの運用では、海中に投入したり引き上げたりするのが最も危険な作業。海中で充電とデータの回収ができれば危険な作業も減り、AUVの運用を効率化できます」とアイデアの理由を語る。

その基本原理を見てみよう。まずAUVは充電が必要になると、ドッキングステーションの位置情報を音波で確認する。ドッキングステーションに近づくと、今度は誘導光に導かれ、AUVは先端にある「M型」の接合装置を用いてドッキングステーションのポールをキャッチする。光通信でさらに位置を微調整してステーションへドッキングした後、充電作業やデータの送信を始める。充電は非接触型の給電装置で行い、データの送信は光通信で行う。

実験機ではドッキングステーション側に着座するようにドッキングしていたが、商用型では発想を逆転。ステーションをひっくり返し、船から吊り下げることにした。「ステーションを船から吊り下げておけば、ステーションと合体したAUVを一緒に母船に回収したり、投入することもできます。ダイバーやボートを使って、AUVを投入や回収する必要がなくなり、効率的でより安全な仕組みになりました」(岡矢課長)。

技術シナジーで生まれた
「ロボットアーム」
正確な検査能力も世界初

自律航行するための制御技術では、本社技術開発本部が中心となり開発を進めた。また、AUVに関わる研究で優れた実績を持つ英スコットランドのヘリオット・ワット大学と提携し、パイプラインの自動追尾の手法を開発した。そして、もうひとつユニークな開発となったのが、検査用の「ロボットアーム」である。AUVでアーム型の検査装置の開発は世界初だ。

パイプの状態をいち早く検知して保守作業を早く始めることが、生産全体の効率向上と設備の長期利用に繋がっていく。

商用型AUVでは、船体の下から延びるアームの先に車輪の付いた台座があり、そこに各種の検査用センサーを搭載している。台座はパイプの上をコロコロと転がるように移動していく。

ロボットアームの開発を担った益田興佑主事は、「他社のAUVの開発事例では、離れた位置からパイプラインを検査するものが多く、詳細な検査データを得られません。しかしロボットアームはセンサーをパイプに近接させることができるので、詳細かつ正確なデータを収集することができます」と説明する。

AUV本体が潮流を受けて揺らいだ時でも、アーム側で揺らぎを吸収して安定的に検査を続ける。しかし先にも紹介したように、水深3,000mの過酷な環境にさらされての作業であることから、ロボットアームの設計は一筋縄では行かない。

「AUV専用のロボットアームの開発には、機構や構造部分に潜水船開発で培われた技術を活用しました。また、産業用ロボットの正確・精密さを取り入れるため、精密機械・ロボットカンパニーから技術支援をいただきました。商用型AUVには、川崎重工の最先端のテクノロジーが集約されているのです」(益田主事)。

商用型ではドッキングステーションをひっくり返す形に変更。ドッキングしたAUVを一体で船へ回収できるので、危険を伴うダイバー作業が不要になり、安全性が格段に向上した。

油田開発者から絶賛された
公開実証実験

商用型AUVは現在、沖縄や淡路島などで性能確認試験が続いているが、1世代前の実験機では、17年11月に英スコットランドにおいて海底油田の関連事業者を招待した公開実験を行っている。

その様子は、すぐに石油業界紙誌に取り上げられ、また招待された関係者からは高い評価を得た。「1ktクラスの速い潮流の中で、自身の位置を保つホバリング性能の高さには驚いた」、「水中非接触型の給電装置が5kWクラスと大きい割には、装置はコンパクトだ」、「検査装置などのアプリケーションの充実が重要だ。川崎重工と具体的に検討を始めたい」等々。

岡矢課長は、「海底油田のメンテナンス領域では計測などの軽作業をAUVが、パイプの敷設替えといった重作業をROVが担う役割分担が進むと見ています」と語る。

世界で初となる商用型AUVの登場により海底油田が守られ、世界の人々のエネルギー利用を下支えする。それが、21年には始まろうとしている。

パイプライン検査を模擬した実海域試験(場所:沖縄沖)

For the Tomorrow

高速かつ長時間作業が可能になり、
実験機から大きく進化を遂げた商用型

川崎重工は、AUVに必要な要素技術の検証から始め、2017年にはプロトタイプAUV(実験機)を開発。また別に開発を進めていたロボットアームを完成させ、18年度から実験機にロボットアームを付けた実証実験を続けてきた。商用型は、実験機での試験結果を踏まえ形状はより流線形になり、実験機より巡航速度が大幅に向上したほか、航続時間が延伸されている。商用型AUVとして検査可能距離の飛躍的な増加で、大きな進化を遂げている。

Leader’s Voice

By 阪上 裕志 Hiroshi Sakaue

船舶海洋カンパニー
神戸造船工場 AUV事業推進部 部長

画期的な技術で、世界のエネルギー供給を
海底から静かに支えます。

川崎重工はこれまで「そうりゅう型」潜水艦や、深海救難艇 (DSRV)など多くの潜水船の建造を手掛け、「海に潜って仕事をする技術」を蓄積してきました。実は、2003年に建造したAUV「マリンバード」で、自動ドッキングや非接触給電の基礎的な技術を確立していました。

今回、商用型AUVの開発にあたり改めて要素技術を検証し、エネルギー補給、自律航行の制御、海中での通信などの課題について研究と開発を進めてきました。幸い2007年には国が「海洋基本法」を施行し、海洋権益の保護の観点から必要とされる技術開発についての支援体制も整いました。当社はAUV開発について補助事業の指定を受け、現在も残された課題について研究を続けています。

この間、ドッキングや非接触型給電だけでなく、ロボットアームによる計測や自律航行制御アルゴリズムなど、世界初となる画期的な成果を生み出すことができました。今後は、ロボットアームの先に付ける検査ユニットのさらなる高度化をお客様と共に進めていきます。

また、海底油田のパイプラインに限らず、電力や制御信号を送るアンビリカル、さらに海上風力発電の陸上への送電ケーブルなどの保守・点検などにも活用できるよう、アプリケーションの充実を図りたいと考えています。

19年には、北海油田に携わる関連事業者が集積する英スコットランド・アバディーンに「Kawasaki Subsea (UK) Ltd. = KSUK」を設立し、セールス活動だけでなくお客様がAUVに求められる機能などの情報収集活動を強化しています。そうした声も踏まえ、21年には商用型AUV初号機を世界市場に向けて投入していく予定です。

世界のエネルギー需要では、石油は依然として底堅いものの、油田はより深い海に求められるようになります。必然的にパイプラインは拡張し、各種の制御機器も過酷な環境に置かれることになります。世界の人たちへのエネルギー供給に海の底で静かに貢献するAUVをお届けできることに誇りを感じています。

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川崎重工グループの和文PR誌として、多彩な製品群が陸・海・空に亘る各分野で活躍する姿と、新製品・新技術の一端をご紹介しています。

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